ベルマモ/くだらない

 生意気で強欲で人間としてまったく良いところのない赤ん坊。たまに殺したくなるくらいなのに、抱きかかえる重さが酷く心地よい。明確に矛盾した自己をおかしく思いながらもそれはそれでいいと思う自分もなかなかおもしろい。
 ベルフェゴールにしてみればなんでもありだった。だからマーモンに抵抗されようとも気にはしない。無理矢理押さえ込んで悔しがる様を眺めるのも愉悦でしかない。楽しいことは基本的に大好きだ。そんなんだからマーモンの暴言もどうでもいいと片付けてしまう。特に理由もないけれどどうでもいい。本当に。
 そのはずなのだが、たまにいらっとするのは気のせいか。気のせいではない。
 マーモンを殺したいと思うのもその一例だ。なんだかむかつく。特に理由はない。
 理由なんてなくてよかった。
 ただ、むかつく。
 マーモンはむかつく。ただ、それだけだ。


 とことこと手すりを歩く赤ん坊を見かけたのは中庭でのこと。とことこと動いていた足がぴたりと止まったのを見たのは赤ん坊のまん前でのこと。
「なにさ」
 にいと歯を見せて笑うベルフェゴールにマーモンは顔を上げた。しかし深くフードを被られているために表情は確認できない。
「マーモン」
「だから、なんだって」
「べつに。ただ見かけたから声をかけただけ」
 気紛れ王子様に行動の理由なんてないに決まってる。マーモンは振り切るように視界を元に戻し、とこ、と足を踏み出した。
「ベルは暇だね」
 もうすぐリング争奪戦が起きてしまうというのに、他のヴァリアー内のハーフボンゴレリングを所持するものは少なくとも備えはしている。失敗はつまり死を意味する。それがヴァリアーの、ザンザスの絶対だった。あのスクアーロでさえ、だ。それなのにこの子どもは優雅に中庭鑑賞でもしていたのだろう。たまに、理由もなく羨ましく思う。
「んー。俺も考えてるよ、少しはね」
「少し、か」
 呆れたようにマーモンは反駁した。
「だって、キれちゃった記憶ないんだもん。考えるだけ無駄じゃん」
 自分の体内に存在するその赤、ベルフェゴールの受け継ぐ王家の血を見るとたんに行ってしまうベルフェゴールの戦闘スタイルはたしかに作戦だとか準備だとか皆無だろう。用意したとしても本人は無意識下にあるのだから無駄となる。ベルフェゴールになりたいとは思わないが羨ましくは思う。
「相手を倒す前に出血過多で死ぬことがないようにね」
「心配してんの?」
「そんな死因、ヴァリアーの名を汚したらバカみたいだからね。簡単な仕事でもヴァリアーってブランドだけで大量の金が手に入るんだ」
「やっぱ金ですかー。おまえこそちょう余裕じゃん。マーモン」
 よしよしと褒めるように頭を撫でれば不快そうにマーモンが鼻を鳴らす。いつもどおり。あまり変わりはない。
「離せ」
「や、どこ行くつもりだったのさ」
 連れてってやるよ、と細い腕がマーモンの体を持ち上げた。抗ったとしても体術で彼に敵うはずもない。無駄に妖術を使うのももったいない。
「中庭。どっかのバカ王子が優雅にティータイムを楽しんでたみたいだからね、一杯おごちそうになろうかと思って」
「左様ですか、姫」
「……誰の真似?」
「うちのー、えーっとだれだっけ。ルッスーリアに言ったんだぜー、ちょうおもしろい」
「僕に言ってもちっともおもしろくない」
 やっぱりベルはバカだねとひとりごちる幼児を抱えなおし、ベルフェゴールは中庭へと戻っていった。ザンザスのためにとレヴィアタンが丁寧に栽培している薔薇園である。ヴァリアーに花を愛でる趣味の輩なんてそうそういない。ひとりぼんやりと過ごすにはちょうどよい場所なのだ。
「タダ飲みする気?」
「ベルは赤ん坊からお金を取るの?」
「おまえ、本当にタダが好きだね」
「お金が減らないからね。嫌いではないよ」
 ベルのいれる紅茶はなかなか美味しいと珍しく褒める幼児に気を良くした王子様はにししっと笑った。今日は気持ちいいほどお天気だ。
「一杯につき一回抱っこさせて」
「……ベルって幼児愛好家?」
「落ちてもマーモンなんか相手にしないって」
「ふうん」
 いぶかしそうに短い返事をしたマーモンはそれきり黙りこんだ。とくにしゃべる必要もないのだからあとは紅茶が差し出されるのを待つばかりである。
 ベルフェゴールは赤ん坊の頭を撫で、ぎゅうとその体を抱き締めた。
 こうしているうちはこの子どもが此処に居る。そのことを感じ取れる。
 あー、やばい。
「……へんたいなのかなー」
 特に理由はないけれどこの子どもを抱き締めていたい。
 理由があったほうがいくぶんマシだった。ないからタチがわるい。
「いまごろ、気づいたの」
「うるへー。どうしよう、王子がヘンタイなんてちょっと素敵かも」
「……そう」
 王子様だから、なんでも許されちゃうし少しくらい非凡だった方がおもしろいでしょ。
 茶化すように零した言葉にベルフェゴールは苦笑した。
「マーモンが女だったら、よかったのにね。とびきり美人でスタイルがよくて、キレーでさ、色っぽくて……結婚申し込みたくなるような、そんな美人だったらなー」
 そうしたら理由が出来るのに。
「うるさい。僕は赤ん坊だし、そんなことを求められても困る。酒場にでも行って自分で見つけることだね」
「この体格じゃあね、萎えるよ」
「……殺されたいの?」
「殺される前にマーモンを殺すよ」

 この子どもが、守られるべき理由を持っていたら。
 戸惑うことなく守る理由ができるのに。
 そのことが残念で仕方なかった。


 とくに、理由はないけれど。







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